写メ日記
「孤独を感じる瞬間」
僕は前職でそうだったんですが
デスクワークで基本人に関わらない仕事でして
そんなこともあってか、本当に特定の人としか関わらない、といっても仲良くするわけでもなく事務的な関係なので「浅く深く」でもない。
そんな関係がずっと続いたので、どことなく「一人だな」と感じることはありました。
それこそ雑談もするし、身の上話もするけれど、けれどどこか心の距離は遠いんです。
僕の本当の理解者って誰なんんだろう。
親と言いたいけれど、もうしばらく会っていないし。
なんて考えるとますます負のオーラにハマっていってしまうんです。
ほとんどの人が孤独を嫌い、一人が好きって言っている人でさえ、たまには誰かの繋がりを求めてします。
僕はゲームが好きなので、とある作品を紹介します。
「デス・ストランディング」
『メタルギアソリッド』と聞けば、「あー!」と反応する方もいるかも知れません。同シリーズを手がけた小島監督が独立してからの第一作目がデス・ストランディングというゲームで、
発表当時は賛否両論。それもそのはず、このゲームの目的が「荷物を運ぶこと」だからです。
謎解きでも戦闘でもなく、ただ荷物を運ぶことに何の意味があるのか?と誰もが思うこの挑戦的な作品は、「人とのつながり」を描いた傑作でした。
詳しくはyoutubeなどで見ていただきたいのですが、荒廃した世界で、一人配達人として孤独に生きる主人公が、あらゆるきっかけから人との繋がりに生きる。
僕には赤ちゃんの頃の記憶はほとんどありません。生まれた時の記憶なんてもってのほか。
けれど、ほとんどの場合が、生まれる時は一人です。お腹の中でも一人。赤ちゃんの僕は「これがお母さんのお腹の中」と認識していたでしぃうか...たぶん、僕にとっての「世界」は、狭く薄暗いに映っていたんじゃないかな。
人は初めから孤独を経験している生き物だけど、母親のお腹の中で過ごすという繋がりがあり、はじめての孤独と同時に、はじめての「人との紐帯(ちゅうたい)」を作るのだと思います。
それは意識できなくてもそこにあって、切り離せないもの。僕らは「孤独」を感じることができますが、見えない「繋がり」も常にあると思っています。
抽象的で伝わりにくくてすみません。
孤独は誰にでもある。けど、忘れているようで実は近くにあったりする、ってことです。
繋がりを作ることもできる。その一例が女風です。
孤独の寂しさの解決役としての女風もまた、良いと思います。女風はエロの手前に「肌の触れ合い」があります。
「ふれあい」という言語がみなさんを癒せますように。