女性向け風俗コラム

2021/6/2パラレル山の手セラピスト 2駅め

〜西日暮里駅〜

内勤のヨモギさんから着信が入った。

「詩男(うたお)ちゃん。遅い時間だけど今からいける?」
フリーでのご利用を希望する人の元へ向かえるかどうかの確認。
時刻は22時04分。
23時に到着を希望されてるらしい。
トースターの中で焼き上がりを待っていたガーリックトーストを諦める。
油断してた。

平日の夜だし、フリーの場合はもっと僕よりも新人の人が向かうモノだと思ってた。
僕はニンニクが好きだけど、セラピストがニンニクを食べるチャンスは少ない。
タイミングのコツがいる。
社会の空気を察する必要があるし、満月のご機嫌を伺う必要もある。
僕の中で今日はお月先輩が「大丈夫っしょ。ガーリック食べたらええやん」って言ってくれたつもりだったけど。

見誤った。

まだまだだな。

ヨモギさんに「大丈夫です」と返事をして「新宿ですか?渋谷ですか?」とスマホを片手に、パリッとしたパンツへと履き替えながら、伺った。

「詩男ちゃん。ちょっと面白いところだよ」
西日暮里だった。
日暮里の西の位置にある西日暮里。
ちなみに東日暮里はない。

日暮里の東はあるのだけど。
西日暮里はたしかに珍しい。
僕の生活圏内ではないので滅多に降りない。

ヨモギさんは僕が山の手線の全駅に降りたら卒業する”事情”を面白がってくれていた。もしかしたら今日は滅多にない駅ってことで協力する意味で僕に振ってくれたのかも。 僕のことを「ちゃん」付けで呼ぶ軽薄さ以外は本当に尊敬できる。

近隣の圧倒的歓楽街、鶯谷や上野に隠れるように存在しつつ西日暮里にも幾つかラブホテルはある。
どことなく落ち着けるような良さそうなところばかりだ。
しかし今日はご自宅でのご利用のご希望だ。

“ご”をつける癖。
セラピストとしての宿命。
ヨモギさんからお客様の住所が送られてくる。
“方向音痴気味”の僕はグーグルマップへ絶対的な信頼を置いている。
今日も頼りっぱなしだ。
いまこの瞬間にグーグルが倒産したら僕は一生西日暮里から出られないだろう。

自宅へお伺いする時はいつだって緊張する。
荷物もちょっとだけ重い。
バスタオルを持参するからだ。
本当はバスタオルの持参は常時がお店のルールだけど、僕はホテル利用の時はそのホテルのものを追加で借りた方がいいよなってことで普段は持ち歩いていない。
何事も工夫が大切なんだ。

ズルではない。いや、ズルだな。
ちょっと重めのリュックを背負ったまま、インターホンを押した。
「はい」と聴こえたので「ホニャコネ(お店の名前)です」とわかってもらえるように伝えた。
オートロックのドアがオートで開く。
当たり前か。
部屋のドアが開くと、モコモコした部屋着の女性がお出迎えしてくれた。

玄関口で話し込むのはタブーなので、軽く挨拶をしてすぐ中に入れてもらう。
「どうぞ」と促されて、靴を横向きにきちんと整頓して、部屋にあがった。
わぁ、女子の部屋だ。いい匂いがする。
…と内心テンションが上がってしまっても決して顔には出すべきでない。
セラピストなんだ。セラピスト、セラピスト、セラピスト…。

「こういうの初めてで…」
と西日暮里ちゃん(もちろん仮名)は少し緊張した面持ちで教えてくれた。
向こうの緊張はこっちにも伝わるものだ。
なんだか僕もいつもより、背中の筋肉がピッと張ってるような気がした。
「じゃあ今日は丁寧にエスコートさせてください。少し敬語とか崩しても大丈夫ですか?」と伝えると西日暮里ちゃんは「うん」と返事を返してくれる。うまく距離近くなれたらいいな。

西日暮里ちゃんがリビングのドアを開ける。
猫が4匹いた。
僕は目を丸くしてしまった。
まさか猫が4匹いると思ってなかったからだ。
「猫いるんだね」と口走る。触れないわけにはいかない。
「そうなの。私が飼ってるんじゃないんだけど」
私が飼ってるんじゃないんだけど?
「ルームシェアしてる友達が飼ってて」
ルームシェアしてる友達が飼ってて?
またトリッキーな日にしてくれるね。西日暮里。
「あ、友達はいまお仕事で朝方に帰ってくると思う」
そっか、と僕は返事をして、猫に見られながらカウンセリングシートを出して、ひとしきり
サービスのことを説明したり、サインを頂いたりした。

平静を装ってるが、猫…どうする?
幸いなのが、彼らは目を丸くするだけで、「にゃー」の「に」の文字も発さないことだ。 さすが高そうな猫。行儀が良い。
「その…色々してるうちに猫が心配して鳴いたりしないかな?」と一応、聞いてみた。
「私が飼ってるわけじゃないから大丈夫だと…思う。わかんないけど」
わからないよな。そりゃ、そうだ。

西日暮里ちゃんがこの家に男性を招くのは僕が初めてらしい。
光栄だ。
猫の話題にも触れられたおかげで、一気に距離を近めることができた。
西日暮里ちゃんが記入してくれたカウンセリングシートの『今日のエッチ度』の項目に “100”と記してある。
僕はそっと確認して、裏返しにして伏せた。
僕の目に届けば、充分。
女性のそういう気持ちを”表なまま”にしておくのは野暮だ。

西日暮里ちゃんの寝室に移動して、希望通りにエッチ度 100で頑張った。
いろんなことが初めてだった様子で、猫が心配するんじゃないかってほどに、西日暮里ちゃんは鳴いてくれた。
ルームシェアしてる友達が不在だとか、モコモコした部屋着だとか、猫が隣の部屋にいて背徳感があるとか、そういう些細なことが僕のアダルトパワースイッチを強めに押してくれたのかも知れない。
きっといい時間だったと思う。
「猫鳴かなかったね」と可愛らしいライトを見上げながら呟いた。「そうだね」と西日暮里ちゃんが笑いながら答える。
それからは少しだけ無言になった。
エアコンもつけていない無音の空間にはさっきまでの余韻による”ぬくもり”だけが存在してるようだった。
時間も近くなってきたので起きあがろうとすると、西日暮里ちゃんがギュッと背中を抱きしめた。

「もう少しこのままがいい」

僕はじっとする。
「さみしい」
きっと慣れない一人の夜に無性に寂しさに襲われてしまったんだ。
もう少しだけそのままでいた。
気持ちは朝まで一緒にいてあげたかった。
でも、そうなると色んなことがダメになるから、寂しそうに強く抱きしめる西日暮里ちゃんの手をゆっくりほどいて「また会えたら嬉しい」と告げた。

西日暮里ちゃんもわかってくれたように、手を離してくれた。
きちんと時間の中で満たしてあげられない自分はまだまだ…てか、ずっと何か足りないままなのかな。
“ごめん”と”ありがとう”の繰り返し。
自分自身への背徳感によく押し潰されそうになる。
そんな中で”山の手ルール”で区切りを決められたことは自分にとって、善い行いだった。

ドアを開けると、猫たちがドアの目の前に集合していた。
「ほら、やっぱり心配してたみたいだよ」と伝えると、西日暮里ちゃんは「えー」とか「ウケる」とか言って猫たちの背中を撫でる。
猫ズよ。きっと名前があるのだろうけど、西日暮里ちゃんは飼い主ではないので教えてくれなかったので猫ズと呼ぶよ。こんな時間に突然、家に入ってごめんね。
ていうか、ルームシェアしてる友達に悪いな。
西日暮里ちゃんのベットのシーツの”模様”とか、匂いの感じとかで絶対にバレるだろうな …と思ったけど、そこには触れないことにした。
頑張って誤魔化してくれ。

「またね」と帰り際にキスをして、猫たちに手を振って、家を出た。
静かな夜。
この時間からの帰りだとタクシーを拾う必要がある。
車が通るような大きな通りまで少し距離があった。

夜風で汗を冷ましながら、西日暮里ちゃんのことを考えて、ぼーっと歩いた。
また呼んでくれたら嬉しいけど、たとえそうじゃなくても、この当たり前じゃない夜のことを僕はきちんと丁寧に覚えておこうと思った。

すべてを覚えておくのは大変だけど、ちょっとずつだったら、きっと綺麗に覚えていられるはずだ。
セラピ手記なるものは”山の手ルール”以降につけ始めたので、もっと前から記しておけばよかったなって最近になって後悔している。

誰かに見せるわけでもない、いつの日かの自分が読んで、懐かしむために書いている。 僕は生涯、女性が好きだろうし、それなりに変態っぽく居続けるだろうけど、一生セラピストとして存在することは出来ないと確信してる。

世界は回る。僕もその一輪だ。
自分がいなくなった後でも、日本では特にきっとますます発展していくだろうこの世界のことを少し憎たらしく思った。
ボーッとしながら歩いていたら、いつの間にか迷っていた。
どうやら東に進みすぎていたようだ。
幻の東日暮里。
駅のないエリア。
辿り着くはずのなかった場所。
まだ残りは何駅もあるけど、他人には見れない景色をこうやって見てまわりたいな。
ちなみにいまは真っ暗で東日暮里の様子は何も見えない。
あまりにも薄暗く、どっちに進めばいいのかわからないのでスマホのライトで辺りを照らす。
光る二つの玉。
野良猫が僕に向かって「にゃー」と鳴いた。
やはり野良猫は鳴く。
佇むのが飼い猫の仕事、鳴くのが野良猫の仕事か。そうなのか。
ライトをつけたせいでいつのまにかギリギリになっていたスマホの充電が力尽きる。
まずい。
完全に身動きが取れなくなった。

グーグルが稼働してようがスマホが死んだら、終わりなのだ。
ここはどこだ?
なに日暮里なんだ?
こうなればジブリのような夜にしよう。
さっき僕に「にゃー」と鳴いた野良猫のあとをつけようと思ったけど、もういなかった。 代わりに、すぐそばの民家の入り口に、気品のある小金持ちお婆ちゃんがよく飾ってるような”猫の陶器のオブジェ”があるのを見つけた。
意外とこの辺は金持ちが多いのだな。
詩男(うたお)

–この小説を書いたセラピストさん紹介–

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