
写メ日記
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2024年12月30日 20:05 の投稿いよいよ今年も残すところあと2日。今年食べられるバ〇ナもあと2本となりました。さて、年末といえば各家庭で恒例の大掃除をされている方も多いのではないでしょうか?僕も今から1年分のバナ〇の皮を集める作業に入りたいと思います。汚れを取ったり、埃をとったり、不用品を捨てたり、いろんな作業があると思いますが、不用品を捨てるとは、モノに限った話ではないのでは?とふと考えました。今年一年の自分の生活パターンを振り返ってみる。うまくいった人、うまくいかなかった人、それぞれパターンがあると思いますが、うまくいかなかった場合、そのパターンを見直す必要があるかと思います。来年はこれをするぞ!と意気込む方も多いと思いますが、新たなことをするには新たなタスクが発生するもの。ということは、新たなタスクをしていくために不要なタスクは排除していかなければならないのです。新しい年を迎えるにあたり、心とタスクの整理をすれば、来年一年がより良い年になることは間違いないでしょう。お正月は体重が増えがちになりますが、体は肥えても思考は絞ることが大事ですね。それが自分のやりたい分野に集中することにつながると思うので。そして是非とも来年は、「〇ナナを頬張りながら秋山の日記を毎日読む」という習慣を身につけていただきたいと心より願います。その習慣があなたの一年をより良いものにする。かもしれません。
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2024年12月29日 22:05 の投稿一皿で完結する料理と聞いたら、あなたは何を思い浮かべるだろうか?僕が真っ先に思い浮かべたのはラーメン。しかし今や時代は令和6年の終わり。話題はラーメンではありません。僕の中では、その食べものは季節限定の一種の嗜好品だと思っていた。今でもそれを好きで食べる人にとっては嗜好品なのかもしれない。その食べものとは。テーブルに提供されたその一皿を見たとき、これはまさに新ジャンルの料理、アートと感じざるを得なかった。僕が子ゴ◯ラのときに食べたことのあるそれとは、まるで違う食べもの。進化を遂げていた。いざ、実食。食べ進めていくと見える断面には、それを開発した人の哲学、世界観が見える。素材と素材のハーモニー。口に運ぶ素材の組み合わせを変えることで楽しめる「味変」。最後にお皿の底に残された、ラーメンで言えばスープの部分を、スプーンですくい取って口に運ぶと、一皿にこめられた想いを凝縮させた味のストーリーを味わえる。で、一体この一皿はなんなのか。カンの良い方は、もうおわかりですね。見事正解された方には、来年僕から素敵なバナ◯のプレゼントがあるかも。是非皆様におかれましても、季節を問わず一度はトライしてみてくださいね。※画像はこの究極の一皿のヒントです仲間のゴ〇ラより自分の体重が軽いことに気づいて愕然とする秋山純士
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2024年12月29日 00:05 の投稿人は感情が昂ったときに日常ではつかわないようなことばを発してしまうときがある例えば怒っているときついつい荒々しいことばを発してしまう感情に任せてそのことばをつかった本人は一時的には爽快かもしれないでもあとあとそのことばを受け取った相手のことを考える結局自分が発したことばの重みは自分に返ってくる相手を攻撃してしまうようなことばは実は将来の自分を傷つけることになる発したことばは消せないそしてことばは人を動かす力その力の矛先は発する側と受け取る側両方に向いていることばで人を勇気づけるも傷つけるも発する人次第ほんとうは何を伝えたかったのか受け取る側も表面的な物言いや口調に惑わされず発せられたことばの真意をくみ取ろうとする姿勢が不用意なことばで傷つくことから身を守りことばの力を味方にする第一歩となるコトバ選びは慎重にバ〇ナ選びも慎重に〇ナナの剥き方は大胆にこれを来年の抱負に掲げようと思います秋山純士
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2024年12月27日 20:05 の投稿「人の痛みのわかる人間になりなさい」誰もが一度は聞いたことのあるメッセージだと思う。自分が経験した心の痛み、苦しみ。これはそのまま相手のそういった感覚を理解する手助けになる。痛みや苦痛を率先して味わいたい人などいないと思うが、この経験自体は最終的に美化されて表現されることが多い。しかし、「人の気持ちよさをわかる人間になりなさい」というメッセージは、僕の知る限り聞いたことがない。気持ちいいこと。本来人間であるわれわれは気持ちいいことが大好きなはずである。だが気持ちよさを感じることに一種の後ろめたさを感じる、そんな人はいないだろうか。人生、痛みを経験することもあれば、気持ちよさを感じることも必要。でも痛みと同じで、自分が本当に気持ちいいという感覚を経験できていなければ、相手の気持ちよさを実感することは難しいし、まして相手に気持ちいいと感じてもらうことは困難なはずだ。相手に気持ちよくなってほしい。相手に快感を味わってほしい。そのためにはまず自分が身をもってその感覚を味わう。そう言われてみれば、僕の仲間であるゴリ〇も、感覚を持った動物。よし、ゴ〇ラを見習って、本能の赴くままに、気持ちいいことに集中してみよう。自分が気持ちよくなることに、遠慮しちゃいけない。気持ちよくなることに、とことんどん欲になることも必要だ。それが他人の気持ちよさを感じとるヒントかもしれないしね。今日もバナ〇の気持ちになって気持ちのいい皮の剝かれ方を研究する秋山純士
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2024年12月26日 20:05 の投稿たった一つのすれ違いで人間関係がぎくしゃくしてしまうことがあるすぐに話し合えば済むようなことでもすぐに話すことができないときもあれば話し合ってもすぐには溝を埋めることができないときもあるすれ違いなど本当はない方がいいでもすれ違いが起きたときに本心を必死に相手に伝えようとする姿勢や逆に相手を理解しようとする気持ちが相手に伝わればまた相手も歩み寄ってきてくれるのかもしれない人と人には相性がある相性が悪いで片づけてしまうのは楽でもその相性の悪さが実は単なるすれ違いによるものだったらたまには大人な対応など忘れて本心でぶつかってみるそこに本来交わらなかったであろう人と人との関係構築や溝を修復するヒントがあるのかもしれない